盛岡地方裁判所 昭和50年(ソ)1号 決定 1975年2月26日
抗告人 千葉忠一
相手方 川村巽
主文
原決定を取消す。
本件異議申立は適法である。
理由
一、抗告理由の要旨
1 抗告人に対して発せられた仮執行宣言付支払命令正本(以下本件支払命令という)の交付を受けたのは、抗告人の妻栄子であるが、同人は小学校へも殆ど通学しなかつたため、自己の氏名さえも読み書き出来ない文盲であり、裁判所からの書類についてその事理を弁識するに足る知能を具えていないものである。従つて本件支払命令の送達も無効である。
2 仮に送達が有効であるとしても、本件訴訟行為の追完は許すべきである。すなわち抗告人は、本件支払命令の送達を受けた昭和四九年一二月三日および同月二〇日は、同年一一月二九日から昭和五〇年一月六日までの間、送達先の岩手県岩手郡玉山村の自宅を離れ、同県紫波郡紫波町山王海国有林において木材搬出作業に従事して稼働中であり、本件支払命令の送達を受けたことを「責に帰すべからざる事由」によつて知ることができなかつたものである。そして右の「責に帰すべからざる事由」が止んだ時点は、抗告人が右玉山村の自宅に帰つた昭和五〇年一月六日である。
二、当裁判所の判断
1 本件記録によれば、本件支払命令の交付を受けたのは、抗告人の同居人である妻栄子であることは明らかである。
抗告人本人およびその妻栄子の審尋の結果によれば、右栄子は自己の氏名さえも読み書き出来ない文盲であることはこれを認めることができる。しかし同女は知能が他の一般人と比し著しく劣つているものとは認められず、文盲であるにしても、受領書類を送達名宛人たる抗告人に交付しうるだけの能力は備えていることが認められる。従つて本件支払命令の送達は事理を弁識しうる同居人に交付されたものということができるから、有効であると解せられる。
2 次に抗告人が本件支払命令の送達を受けたのを知らなかつたのが「責に帰すべからざる事由」によるか否かについて判断する。
本件記録および抗告人本人の審尋の結果によれば、抗告人は昭和四九年一一月二九日から昭和五〇年一月六日まで引続き岩手県紫波郡紫波町山王海国有林四〇五林班地内において木材搬出作業に従事しており、同所は民家より一〇キロも奥地に所在し、交通もトラツクに頼るほかなく電話等の連絡手段もなかつたことが認められる。
右認定事実によれば、抗告人は本件支払命令の送達されたことをその適法な異議申立期間内に知ることは、前記妻栄子の能力をもあわせ考えれば困難であつたと言わねばならない。従つて抗告人は「自己の責に帰すべからざる理由」によつて、本件支払命令の送達されたことを知らなかつたものと言うべきである。
3 そこで次に、何時右の事由が止んだかについて判断するに、前記認定の如く抗告人は、昭和四九年一一月二九日から昭和五〇年一月六日まで紫波郡紫波町の国有林で稼働していたが、抗告人本人の審尋の結果によれば、玉山村の自宅に帰つたのは同月六日であることが認められる。従つて本件においては、民事訴訟法第一五九条に定める期間は右帰宅後である昭和五〇年一月六日から進行するものといわなければならない。
三、しかして本件仮執行宣言付支払命令に対する異議申立は、昭和五〇年一月九日になされていることは本件記録上明らかであるから、右申立は適法である。
よつて、抗告人の仮執行宣言付支払命令に対する異議申立を却下した原決定は失当であつて、本件抗告は理由があるから、主文のとおり決定する。
(裁判官 根本久 井上芳郎 園田小次郎)